和音を鳴らしたまま、いちばん上の音だけを少し曲げたり、一つの音だけを明るくしたりしたい。通常のトラック全体の操作では、同時に鳴る音がまとめて変わる場合がある。MPEは、各ノートへ独立した表現を持たせるための仕組みである。
ここでは三音の和音を用意し、一つのノートだけを変える練習をする。録音した歌のピッチを補正する方法とは異なり、MIDI音源を鳴らす際の演奏表現を入力・編集する作業である。
対応する機能を先に確認する
MPEはMIDI Polyphonic Expressionの略で、ノートごとのピッチ、圧力、スライドなどを扱う。具体的に何へ割り当てられるかは音源によって異なる。コントローラー、DAW、音源の三つが、使いたい表現へ対応しているかを確かめる。
Ableton公式のMPE FAQでは、ノート単位の表現と編集、ピッチベンド範囲の一致などが説明されている。MPE対応という表示があっても、全ての外部プラグインで同じ操作が使えるとは限らない。
最初は、DAWでの対応が確認できる音源を一つ選ぶ。MPEのモードを有効にし、通常のMIDIの演奏が鳴ることを確かめる。音が出ない状態で複数の接続設定を一度に変えるより、基本の発音から順に確認する方が原因を見つけやすい。
三音のうち上の一音だけを曲げる
ド・ミ・ソの長い和音を入力し、まず何も表現を加えずに鳴らす。次に、ソのノートへだけピッチの曲線を描く。音の後半で少し上がり、最後は元へ戻るようにすると、下のドとミを保ったまま上の音が動く例を作れる。
最初から大きな音程で曲げる必要はない。小さな範囲から試し、隣のノートへ曲線が付いていないか確認する。通常のチャンネル全体のピッチベンドとの違いを聴くことが、練習の目的になる。
曲線の表示単位と、音源のピッチベンド範囲も確かめる。コントローラーを使う場合、送り側と受け側の範囲が一致しないと、想定した音程の移動にならない。まず一音で確認してから和音へ戻すと違いが分かりやすい。
圧力をどの音の変化へ使うか決める
次はピッチの曲線を止め、ソの圧力だけを変える。圧力が音量へ割り当てられている場合と、フィルターや音色の変化へ割り当てられている場合では結果が異なる。音源の割当を見て、何が動いているかを一つずつ確認する。
和音の上の音を少し強める練習なら、後半の一か所で圧力を増やす版を作る。すべてのノートを同じ強さで動かすのではなく、メロディーとして聞かせたい一音を選ぶ。和音の中の担当を分けることが目的である。
圧力を上げた結果、音量と明るさの両方が大きく変わる場合は、割当量を調整する。複数の変化が同時に起きると、どの要素が表現を作ったか判断しにくい。最初の練習では、割当先を一つに絞るとよい。
スライドで音色を動かす
対応する音源では、スライドなどのノート単位の情報を、波形位置やフィルターなどへ割り当てられる。ソを伸ばしたまま、音色だけを少し変える版を作る。ピッチを固定すれば、音高の変化と音色の変化を分けて聴ける。
割当をトラック全体のエフェクトへ行う場合、その処理がノート単位の独立性を保てるとは限らない。例えば一つのリバーブへ入力する和音全体を、通常のパラメーター操作でノート別に分けることはできない場合がある。音源内の声ごとの制御と、後段の共通処理を区別する。
まず音源の中で確実に対応する割当を使い、必要なら後から全体の残響を加える。機能をつなぐ順番を整理すると、表現がどこで一つの音声信号へまとまるかも理解しやすい。
コントローラーがなくても編集から学ぶ
MPE対応コントローラーがあれば、演奏しながら複数の表現を入力できる。一方、対応するDAWでは、ノート単位の曲線をマウスで編集する方法もある。まず打ち込みで一音だけ変え、どんな情報が必要かを理解してから演奏へ広げられる。
編集した曲線を別のノートへコピーする場合は、そのノートの長さや音域に合うか確認する。長い音に合うゆっくりした動きを、短い音へそのまま移すと、変化の一部しか聞こえないことがある。
演奏を録音した場合も、すべての動きを残す必要はない。意図せず大きく変わった一音だけを調整し、必要な表情を保つ。データを細かく描くことより、和音の中で何を聞かせたいかが判断の基準になる。
一音、和音、曲全体の順で検証する
最初にソだけを長く鳴らし、その途中へ小さなピッチの上昇を描く。次にドとミを加え、同じ操作でソだけが動くかを聴く。この順序なら、曲線の設定そのものが効いていない問題と、全ノートへ変化が広がる問題を分けやすい。最初から複雑な和音と多くのエフェクトを使わず、聞き分けられる三音を基準にする。
下の二音まで揺れる場合は、編集している場所がノート単位の表現なのか、通常のトラック全体のピッチベンドなのかを確認する。見た目が似たカーブでも、作用する範囲は異なる。音源のMPE設定が有効か、DAWから音源まで情報が保たれる構成かを順に調べる。音が揺れたことだけでは、目的の独立した表現ができたとはいえない。
三音で動作を確認したら、実際の伴奏へ戻す。小さな変化が聞こえなくなっても、すぐ変調量を最大にしない。上のソを主役として聞かせたいなら、音量や音域、ほかの楽器との重なりも調整できる。MPEの効果を誇張することより、和音の中で一音がどんな役割を担うかを明確にすることを優先したい。
ベロシティと圧力を分けて使う
ベロシティは通常、発音開始時の強さを表す情報として扱われる。一方、圧力は音を押さえている間の変化へ使えるため、長音の後半だけを膨らませる表現に向く場合がある。具体的な割当は音源によるが、最初の一撃と音の途中を別の操作で設計できる点を意識すると、表情を整理しやすい。
練習では三音のベロシティをそろえ、上のソの圧力だけを後半で増やす。次に圧力を固定し、ソのベロシティだけを強くした版と比較する。入り口から目立つ音と、伸ばしている途中で浮かび上がる音の違いを聴ける。和音の中で旋律を引き継ぐ場面なら、後半の変化が自然に役立つこともある。
圧力を音量とフィルターの両方へ割り当てたプリセットでは、押すだけで複数の変化が起こる。最初は割当を一つへ絞った版を作り、どの変化が欲しいかを確かめる。その後に少しずつ組み合わせれば、強く押した瞬間だけ急に明るすぎるといった問題も調整しやすい。表現情報と音源側の割当量を両方見ることが必要である。
二小節で、上声を歌わせる例
Cの和音を二小節伸ばし、一小節目は三音を安定させる。二小節目の中ほどで上のソだけを少し明るくし、最後の拍で元へ戻す。ピッチは固定したままにして、まず音色の変化だけで上声へ注意が向くかを聴く。これなら、和音の土台を変えずに、一つの音が呼吸するような動きを作れる。
次の版では、音色を固定してピッチだけを緩やかに揺らす。開始直後から揺らす版と、音が落ち着いた後で揺らす版を比べる。後者は最初の音程が分かりやすく、前者は発音の時点から動きが印象に残る場合がある。どちらも使えるが、三音の和音を明確に提示したいのか、揺れる質感を前に出したいのかで選ぶ。
両方を組み合わせる場合は、音色の山とピッチの山を必ず同じ場所に置く必要はない。先に明るくなり、その後で小さく揺れる形も作れる。すべてのカーブを同じ形へ複製するより、発音、持続、終わりの役割へ分けると表情を設計しやすい。変化を増やした後は、一つずつ無効にして必要性を確認したい。
音源の同時発音と共通処理を確認する
三音を使う練習では、音源が和音を鳴らせる設定になっているかも確認する。モノフォニックな設定では一音だけが優先され、ノートごとの独立した変化を比較しにくい。音源の対応モード、同時発音数、ボイスの使われ方を確認し、まず長い三音が安定して鳴る状態を作る。MPE以外の設定が原因で、一部の音が消える場合もある。
音源内で各ボイスのフィルターを個別に動かすことと、出力後の共通EQやリバーブを動かすことは違う。後段へ出た音はすでに混ざっているため、一つの通常のエフェクトを動かすだけでは、その中のソだけを自動的に選べない。ノート単位で何を変え、全体へ何を加えるかを整理すれば、割当が思いどおりに働かない理由を見つけやすい。
コントローラーを使う場合には、受信するMPEのモードやピッチベンド範囲を機器の説明に合わせる。範囲の不一致で大きく曲がる問題を、ノートの高さそのものを変えて直さないようにしたい。まず一音で期待する変化幅を確認し、それから和音へ戻す。設定の問題と演奏の問題を分けることが、安定した入力へつながる。
編集した表現を、別の環境でも残す
MPEの演奏を録音したら、ピッチ、圧力、スライドを別々に確認する。意図しない指の動きで一瞬だけ大きな変化が入った場合、その部分だけを修正できる。すべてのカーブをなめらかに均してしまうと、演奏で生まれたアクセントまで消えることがある。直す場所を選び、残したい特徴を先に決めておくとよい。
別のDAWや音源へ渡すときは、MIDIを書き出しただけでノート表現が同じように再現されると決め付けない。受け側の対応と割当を確認し、必要なら意図した音を音声でも添える。音声は聴こえ方の基準として、元のプロジェクトは編集用として残す。保存後に開き直し、上の一音だけが動く状態まで確認すれば、表現を再現できる成果として管理できる。
通常のMIDIへ戻る場合も確認する
別の音源へ差し替えると、同じノートの高さは再生されても、表現の割当が再現されない場合がある。MPEの対応と割当を確認し、音源を変更した後は長音と和音の両方を聴き直す。曲線があることだけでは同じ音を保証できない。
最後に、表現なし、上の一音のピッチだけ、音色だけ、両方を使う版を比較する。和音の中心を保ちながら一音が呼吸しているかを確かめたい。MPEはデータを増やすための機能ではなく、同時に鳴るノートへ異なる役割と動きを与えるための手段なのである。
